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東京地方裁判所 平成6年(ワ)12750号 判決 1998年5月12日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一億三六三四万一六九〇円及びこれに対する平成六年七月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因一(保証金返還請求)

1  原告はレストランの経営等を目的とする会社であり、株式会社ジ・アルファ アセッツ(以下「アセッツ」という)は、資産、資金の管理運用及び貸金業等を目的とする会社である。

2  平成元年四月二七日、被告はアセッツとの間で、賃貸ビルの建築、運営に関し、アセッツが被告方の税務、法務、資金調達、相続問題等について総合的なコンサルティング業務を行う旨の契約を締結し、その一環として、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という)も建築された。

3  平成元年一二月二五日、被告とアセッツは、本件建物の一部である別紙物件目録二記載の建物部分(以下「本件店舗」という)について、被告を貸主、アセッツを借主として、次の内容の賃貸借契約を締結した。

(一) 期間 引渡しの日から二〇年間

(二) 賃料 月額九六万六八四〇円(坪二万八〇〇〇円)

(三) 保証金 一億〇三五九万円(坪三〇〇万円)

(四) 特約 本契約の期間満了、解除、その他本契約が終了した場合、被告はアセッツが転借人との間に契約している転貸借を継承するものとし、被告はアセッツに対し、アセッツが転借人各々から受領している保証金より転借人各々がアセッツに対し負担する債務を控除した残額の引渡しを求めることができる(この特約を以下「本件特約」という)。

4  平成二年一〇月三〇日、原告はアセッツとの間で、本件店舗につき、概ね次のとおりの転貸借契約(以下「本件転貸借契約」という)を締結した。

(一) 期間 引渡しの日から三年間

(二) 使用目的 レストラン

(三) 賃料 月額一五五万八〇〇〇円

(四) 管理費 月額二四万九〇〇〇円

(五) 保証金 一億五五四三万円

期間満了の場合及び更新後の契約が終了した場合一〇パーセントの割合で償却する。

(六) 期間内解約 転貸借期間中に解約する場合には、解約の六ケ月前までに相手方に、書面によりその予告をしなければならない。

5  本件建物は、予定より遅れて平成二年一二月ころに完成したため、被告のアセッツに対する本件建物の引渡しは同月一七日ころとなり、アセッツの原告に対する本件店舗の引渡しもそのころとなった。

6  原告はアセッツに対し、本件店舗の引渡しを受けるまでに、前記保証金一億五五四三万円の支払いを了した。

7  被告とアセッツの間の本件店舗の賃貸借契約は、平成三年一月三一日の経過をもって解除された。このため、被告は、本件特約に基き、本件転貸借契約における、アセッツの転貸人の地位を承継するとともに、アセッツの原告に対する保証金返還義務も引き継いだ。

8  平成五年一一月一一日、原告は被告に対し、同日から六ケ月を経過した日をもって本件転貸借契約を解約する旨の通知をした。

9  原告は被告に対し、平成六年三月三一日までに本件店舗から退去して、これを明け渡した。

10  よって、原告は被告に対し、前記保証金一億五五四三万円から約定による一割の償却金と平成六年三月ないし同年五月一一日までの未払賃料等合計三五四万五三一〇円を差し引いた一億三六三四万一六九〇円及びこれに対する弁済期後の平成六年七月一五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因二(債権者代位権に基づく立替金返還請求)

1  原告はアセッツに対し、一億三六三四万一六九〇円の債権を有している。

2  平成三年七月三日、アセッツは株式会社銭高組(以下「銭高組」という)に対し、被告が銭高組に支払うべき建築請負代金合計二億〇一一六万一八〇〇円を立替払いした。したがって、アセッツは被告に対し、右同額の立替金返還請求権を有している。

3  原告は右1の債権を保全するため、右2のアセッツの被告に対する立替金返還請求権を一億三六三四万一六九〇円及びこれに対する平成六年七月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員の限度で代位行使する。

三  請求原因一に対する認否

1  請求原因一の1、2の事実は認める。

2  同3の事実は正確ではない。被告がアセッツと締結したのは本件建物についての賃貸借契約である。したがって、右契約上は、本件店舗の賃料や保証金は直接定められておらず、定められていたのは本件建物全体についての賃料、保証金であった。もっとも、右賃貸借契約において、本件特約が定められていたことは認める。

3  同4、5の事実は認める。

4  同6の事実は知らない。

5  同7の事実のうち、被告とアセッツとの間の本件建物の賃貸借契約が平成三年一月一三日の経過をもって解除されたことは認めるが、その余の主張は争う。

被告とアセッツとの間の賃貸借契約は、アセッツの債務不履行を理由に解除されたものであり、これにより、本件転貸借契約も履行不能により終了した。したがって、別段の合意がない限り、被告が転貸人の地位を承継することはない。

また、本件特約は、被告とアセッツ間のものであるから、第三者である原告がこれを援用することはできない。

さらに、仮に本件特約に基づき被告が転貸人の地位を承継するとしても、保証金返還債務を当然に引き継ぐ理由はなく、原告がアセッツに差し入れた保証金を、アセッツが被告に引渡した場合に初めて被告が保証金返還債務を負うというべきところ、アセッツは被告に右保証金を引き渡していないから、被告は原告に対し保証金返還義務を負わない。

6  同8の事実は否認する。被告が原告から平成五年一一月一一日に受けた通知には、原告がアセッツに対し、転貸借契約を解約する旨通知した旨が記載されていたのであり、また、解約の発効時を六か月後とする旨の記載はなく、平成六年三月末日限り退去する予定である旨記載されていたにすぎない。

7  同9の事実は否認する。原告が本件店舗を明け渡したのは平成六年六月一五日である。

四  請求原因二に対する認否

1  請求原因二の2の事実は否認する。

2  アセッツは、原告の主張する立替金返還請求権について、そのうち一億円は他に譲渡し、八四六八万一八〇〇円は自ら被告を相手方として訴えを提起し、残りの一六四八万円については別件訴訟の和解においてこれを放棄しているのであって、このようにアセッツが自ら権利を行使している以上、原告が右権利を代位行使することはできない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因一について

1  請求原因一の1、2、4、5、の事実は当事者間に争いがない。

2  同3の事実について

甲2、3によれば、被告とアセッツは、平成元年一二月二五日、本件建物全体について賃貸借契約を結んだもので、本件店舗を直接の対象とした賃貸借契約は結んでいないこと、しかし、右賃貸借契約を本件建物の一部である本件店舗にあてはめれば、概ね請求原因一の3のごとき賃貸借契約が、被告とアセッツとの間で締結されたものとみることができることが認められる。

3  同6の事実について

甲5ないし7(以上枝番を含む)によれば、原告はアセッツに対し、平成二年一〇月三〇日までに、本件転貸借契約における保証金として、少なくとも一億五五四三万円を支払ったことが認められる。

4  同7の事実について

(一)  同7の事実のうち、被告とアセッツとの間の本件建物の賃貸借契約が平成三年一月三一日の経過をもって解除されたことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、以下、本件転貸借契約における、アセッツの転貸人の地位及び保証金返還義務を被告が承継するか否かを検討する。

甲3、21、25ないし28によれば、アセッツは被告に支払うべき保証金の支払いを怠り、これを理由に平成三年一月三一日の経過をもって本件建物に関する賃貸借契約を解除されたことが認められる。そうすると、アセッツの本件転貸借契約における転貸人として本件店舗を原告に使用させる債務は、履行不能となったというべきであるから、これにより本件転貸借契約も終了したと認められるのであって、別段の合意のない限り、本件転貸借契約の存続を前提とする転貸人の地位の承継が生じる余地はない。

本件特約には、被告とアセッツ間の本件建物に関する賃貸借契約が期間満了、解除その他の事由により終了した場合には、被告はアセッツが転借人との間で締結している転貸借契約を承継するものとすると定められているが、右約定は被告とアセッツとの間の約定にすぎず、原告と被告との間にも同様の約定があるとか、被告が本件特約の存在を原告に明示し、原告がこれを信頼して本件転貸借契約を締結したなどの事情のない限り(そのような事情を認めるに足りる証拠はない)、原告が、本件特約を根拠に、本件転貸借契約における転貸人の地位を被告が承継したと主張することはできないというべきである。

また、仮に被告が本件特約に基いて転貸人の地位を承継すると解した場合でも、それにより被告がアセッツの原告に対する保証金返還債務も当然に承継するとはいえず、むしろ、本件特約が、地位の承継に続けて「被告はアセッツに対し、アセッツが転借人から受領している保証金より、転借人各々がアセッツに対し負担する債務を控除した残額の引渡しを求めることができる。」と規定しているところからすれば、原告がアセッツに差し入れた保証金の残金をアセッツが被告に引渡した場合に初めて、被告が原告に対し、その保証金残金の返還債務を負うとするのが当事者の意思と解されるところ(このように解さなければ、転貸借契約に基づいて直接アセッツに保証金を差し入れた原告ではなく、右転貸借契約については第三者にすぎない被告が、アセッツの無資力の危険を負担することになってしまう)、原告がアセッツに差し入れた保証金を、アセッツが被告に引渡したことを認めるに足りる証拠はないから、被告は原告に対して保証金の返還義務を負わないというべきである。

5  以上によれば、請求原因一に基づく原告の保証金返還請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  請求原因二について

甲29、乙1、7、8(以上枝番を含む)によれば、アセッツは、原告の主張する合計二億〇一一六万一八〇〇円の立替金返還請求権について、そのうち一億円は他に譲渡し、八四六八万一八〇〇円は自ら被告を相手方として訴えを提起し、残りの一六四八万円については別件訴訟の和解においてこれを放棄していることが認められる。したがって、アセッツが自ら権利を行使している以上、原告が右権利を代位行使することはできないから、原告の債権者代位権に基づく立替金の返還請求は不適法というべきである。

三  以上によれば、本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。

別紙 物件目録<省略>

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